NOIR(ノワール) その2 小池劇画

さて引き続き「NOIR」であります。ひさしぶりにここまでハマッたアニメはない。
前回も小池一夫劇画の匂いというモノを感じたと書いたけど、
基本的にストーリー作りというのは梶原一騎タイプになるか?小池一夫になるか?
この二者択一に課せられているのではないか?という持論がある。
例えば「ガンダム」なんていうのは圧倒的に梶原タイプのストーリー展開なのである。
アムロやカミーユは矢吹丈や星飛雄馬のような熱血はないが、
なんかの拍子に事件に取り込まれ、才能はあるけれども、
どちらかといえば経験値重視でロボット(モビルスーツ)の操縦が卓越する。
正面切って努力&根性を前面に出さないだけで、
やっぱり努力と根性の物語なのである。
小池作品の場合は拝一刀とかダミーオスカーなど、
いきなり卓越した技術と手腕を持って物語がスタートする。
その主人公がいかにして、その技術を手に入れたか?は中盤に語られるという展開である。
梶原作品が常にオーソドックスに起承転結を作ってゆくのに対して
小池作品はいきなり転から始り、ある程度ストーリーが進んでから起を描く。
「NOIR」はそういう描き方をしたアニメとしてはかなり例外に当る異色作なのである。
最終的にはソルダと呼ばれる黒社会の中枢と戦うという展開になるのだが、
ここで再び転が姿を現すという複雑な仕組みを作り上げていた。
現在の13話構成が中心の放送クールではちょっとムリな展開であるとも考えられる。
さらに特色を加えると「NOIR」の世界は一切のギャグを取り入れない世界でもある。
ラブストーリー的な要素も一切排泄しつつギャグをも排除するという作り方は、
2000年以降のアニメの中でもかなり大胆な演出ではなかろうか?と思うのだ。
「鉄人28号」が恋愛を排除しながらも大塚署長にコメディリリーフを任せたり、
「必殺」シリーズにおける情報屋のオカヨさんが見当たらない作品。
それがアニメにあったことはオレとしてもかなり衝撃的であった。

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